【地平線会議300か月記念フォーラム】その先の地平線


(写真)区民センターに着陸!

(写真)区民センターは満場のお客さんだった



その先の旅人たち マッケンジー河漕飛行 多胡光純

牛込箪笥区民ホール 2004年11月7日



空という視点からの表現…。そんな方向性を語った石川さんの後を受け持ったのは、まさに今、それに取り組んでいる人だった。

繰り広げられる話や映像に会場中が惹きつけられたのは、その独自性もさることながら、私たちが一番聴きたかった、「自分の声に耳を澄まし、すくい取り、実現に至らしめる」プロセスについて語ってくれたこともあると思う。今回は、そのあたりに焦点を当てて、レポートさせていただくことにする。

聞き手は、江本さんから交代した丸山純さん。マイクを握ると、「実はまだ着いていないんです。今、この建物の屋上をモーターパラグライダーで目指しています」と切り出した。一瞬、「えっ、本当?」という空気が会場に流れる。その後、携帯電話を介して多胡さんと数度のやり取りがあり、「今無事着地しました」の報告で、聴衆の間からパラパラと拍手が起きた。ほどなく、大きな機材をしょった多胡さんが舞台袖から笑顔で登場。ここで「今のは冗談でして‥」と、丸山さんからタネ明かしがあり、客席が少しどよめいた。

(写真)MCは丸山さん



絶妙の演出、そして見慣れぬ奇妙な装備類。巨大な木製プロペラ、エンジン、燃料、カメラ、ライフジャケット、GPS、パラグライダー、ヘルメット…。総重量約40kgの装備にまずは圧倒され、観客の目は釘付けになる。それらを下ろし、多胡さんの話が始まった。

荒野に憧れて旅をするうちにマッケンジー河に出会い、カヌーで川を下る旅へと形を変えてゆく。やがて流域で暮らすデネ族と交流が始まり、「心がゴニャゴニャゴニャと動いてきて」、そこで暮らす人々の息吹を内包した大地のストーリーを、写真や文章で表したいと思うようになる。

多胡さんの話し言葉には、独特なものがある。「感性」という言葉も随所で使われ、自分の感覚を生かすことをとても大切にしている印象を受ける。

(写真)マッケンジー河流域に暮らすデネインディアンの集落でお世話になった

(写真)フォートノーマンにある450mほどのベアーロックを登ると、マッケンジー河を一望できた



撮影を続けるうち、「目線が低い」もどかしさを感じるようになる。どこまでも平らに続く原野では、イメージに見合う表現ができない。だがある日、標高450mほどの岩山に登り、そこから眺めた広がりや奥行きに、「これは好きかな」と思う。それからは、旅を続けながら、「ヨイショヨイショ」と藪こぎをし、丘を見つければ、上って撮影するようになった。

(写真)山梨県にある押野スカイスポーツでハンググライダーを習った。師匠の町田さん。その時はまだ、パラグライダーは眼中になかった

(写真)その後、栃木県烏山にあるスカイトライアル・塚部省一氏に弟子入りしモーターパラグライダーを習った。



半年アルバイト、半年旅のサイクルを続ける中で、エンジンつきのハングライダーがあると知る。アルバイトの夜勤明け、高速バスで習得に通った。だが、ハングライダーは、カヌーに乗せられない。離陸のための助走距離も必要だ。そしてついに、モーターパラグライダーと出会う。空飛びを表現手段として使いたい多胡さんは、「マッケンジー河で飛ぶことが出来ますか?」と、後に師匠となる人に単刀直入に尋ねた。彼から河の情報を詳しく訊き出して分析した師匠は、「出来る」と答えた。2002年8月に弟子入り。翌年5月の旅に向け、アルバイトのあとに講習に駆けつけての猛特訓が始まった。エンジンとパラグライダーも買った。

地面から短い助走で飛び立てるモーターパラグライダーに出会い、「あー、やるしかないだろう!」と思った多胡さんだったが、高度2000mから座布団1枚ほどのポイントに着地するような飛行技術を会得するのは、容易ではなかった。師匠に「俺の腕がダメならOKを出さないでくれ」と頼み、カメラを持つのは出発の1ヶ月前と決めて、それまではひたすら練習一筋に打ち込む。「カメラを両手で握ったのでは、100回に1回は恐いことになる」予感があり、片手カメラ、片手操縦を自分のスタイルとした。



着陸後、土地の人々と画像を共有できるという理由で選んだ1100万画素のデジタル一眼レフカメラは、大判カメラに比べれば軽いかもしれないが、素人考えでも、空中から片手で撮るには、やはりかなりの鍛錬が必要となっただろう。

(写真)冷戦状態だった親が修行最終日に練習をみに烏山まで来てくれた。中央が師匠、左が父。

(写真)二週間分の食料と飛行装備をカヌーにのせ1800kmのマッケンジー河をいく。次の村で食料を補給



そして画面は、2003年5月、現地到着の写真。カヌーの前に装備がずらりと並んでいる。「自分の思いを形にしたら、こうなっちゃいました」とコメント。全ての荷物をカヌーに詰めこんで(この作業だけでも、想像するとくらくらする)、「おっしゃ、やったるでー!」と出発するも、初フライトに飛び立つまで、4日もかかった。風も天候も良かったが、心が固まらなかったのだ。日本で練習していたフィールドとは、川幅も距離も、何もかもスケールが違いすぎた。それもあって、風が読めない。「ここでやらなかったら」という思いと、「川向こうから戻れなくなったら、アクシデントが起きたら、自分はどうなるのか」という不安との板挟み。

(写真)ファーストフライトをしたベース。もんもんと不安に怯え白夜のなか四日をすごした



だが、その日はやってきた。「エンジンだけでも回してみるか」と軽い気持ちで動かしてみると、振動や煙の匂いが体の記憶を呼び覚ました。そして、日本で練習していたときの思いが甦ってきて、飛べた。

欲しかった景色を目の当たりにした喜び。高度300mから、世界を自由に見ることができる翼を手に入れたという実感。高所がないマッケンジー河界隈では、地表からだと決して目にできない景色が、眼前に広がった。川幅4~5kmもある河が蛇行している。それは、天の高みから多胡さんが紡ぐ、大地の物語の始まりでもあった。聴いている私たちもジーンとなるくだりであった。(後に振り返ると、過去のフライトの中でも、このときの離陸ポイントは、最も条件が悪かったらしい。)

(写真)川を下り河川敷からフライトするとデネ族との交流がはじまった

(写真)ドイツ人の旅人が撮ってくれた旅の模様



モーターパラグライダーで飛ぶ時は、必ず吹流しを立てて風を読む。それをエマージェンシーのサインと勘違いして駆けつけたデネ族の人々との間に、やりとりが生まれる。獲物の場所を伝え、土地の情報を得る。落ちたら死んでしまう、と飛行を危惧するデネの人。だが、森で暮らす彼もまた、死に近いところに在ると感じた多胡さんは、逆にそのことを問う。返答は「Believe myself」だったという。

命を守るために、もちろん準備は怠らない。パラグライダーが何かの事故で潰れてしまったときのために、パラシュートも装備している。他にサバイバルキットとして、ナイフ(水面に不時着してラインが絡んで溺れる可能性がある)、ノコギリ・カラビナ・ロープ(木にぶら下がったときの脱出用)、蚊よけ、ガム(気持ちを集中させる)が備えられている。


最後に、当日まで寝ずに準備をしたという、プロモーションビデオが流された。「いつか見てのお楽しみ」ということで、ここでは内容には触れないけれど、いろいろな意味で、見る者を「いざなう」ものであったように思う。上映直後、拍手が起こった。もう一度、見てみたい。

多胡さんの話の終了後、ロビーに装備類が移され、彼を囲む人の輪は昼休みいっぱい途切れることはなかった。会場入り口付近には、空からの写真が並べられ、通り行く人に語りかけていた。

終盤、笑顔で話した次の言葉が印象的だった。「カヌーを漕ぎ、テントを張る。飛べない日にはパンを作って焼く。森に入ってベリーを取る。離陸場所を見つけ、人と出会って、旅をする」

表現したいと思ってから、「何かがちがう」とささやく自分の内なる声に耳を傾け、形にしていった多胡さんは、今「心が満たされている。この世界を詰めていきたい」と語る。彼にしか表せない世界が、拓かれようとしている。[中島菊代]


(写真)マッケンジー河を望む

(写真)プロモーションビデオの「おまけ」



Have a nice day !!!



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