【青森・八戸】ヤマセを飛ぶ


【写真】ヤマセ上空を飛ぶ。こんなに寂しい空は初めてだった。



ヤマセを撮る、と決めてから何がゴールだか分からなくなっている。こんなことは久しぶりだ。ヤマセを軸に青森をのぞむと、スケール感がぶっ飛んでしまったのだ。まるでアラスカやカナダ北部のどこまでいっても針葉樹の森が続いている、あの途方もない荒涼感を八戸の空に感じている。

ヤマセは以前の記事でも書いたので、ざっと話す。オホーツク海からの冷たい冷気が、海上の暖気に触れることで結露して霧になる。その冷たい霧が八戸にやってくることで、海岸線は独特の景観が織りなされているわけだ。

ヤマセは海上を這ってくる。ドライアイスのように音もなく忍び寄り、瞬く間に視界が30mと効かなくなる。15分で十分、ホワイトアウトし景色は激変する。その冷気は霧雨をふくむときもあれば、濡れないときもある。

結局、飛べるタイミングを見計らっての撮影を何度かやった。視界が効き、ヤマセがまだあるうちにフライトをセットする。ある内にということなので、ピークは過ぎているわけだ。上空からヤマセを望むと、霧ごしに種差の海岸線や八戸市内が見え隠れする。風がふき、ヤマセは生き物のように流れ、日差しを浴びた霞はそれ自体が景色を昇華させる要素になっていた。どことなくヤマセが美しく見えていた。

果たして…… これが上空から見たかったヤマセなのか。絵的には成立して、八戸の景観の一要素、という映像を造ることは出来る。しかしながら、半月ほどヤマセの海岸線に滞在して感じていること。それは圧倒的な霞で視界は効かず、冷たい霞で体は濡れ、気持ちの滅入る日々。しかしその時、丘を登り内陸に向かうことほんの1キロでヤマセはなくなり快晴。この隣り合わせ感の元凶を知りたい。

こうなったらヤマセの本体とやり合うしかない、との結論に至った。一番ヤマセが濃いときに飛ぶ。それしかない。リスキーだが飛んだ。果たして。

見えてきたのは、途方もない広がりを見せる暗い雲だった。八戸上空から奥羽山脈までを覆い滞留する、どでかいジュウタン雲。起伏も動きもない。地上は見えない。雲は地形に反応して濃淡をつくっている。階上岳はヤマセで埋もれ頭だけを出していた。ヤマセの上にはもう一層の雲があり、太陽光はさえぎられていた。光が差せば対流がおきヤマセも流れるが、今日はそれもない。きっとこれがかつては飢饉をもたらすこともあったヤマセ本体なのだろう。

飛ぶ前。地上は光の少ない寒い朝だったが、上空でも同じだった。コントラストがなく、静寂に包まれたモノトーンの世界だった。どう撮るかを考えたが、そのままを撮ることにした。ヤマセというものは、決して景観を彩る要素ではない、との思いは多分間違っていないのだろう。

Have a nice day !!!


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